『S』 

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 まともな神経をもった人間がこの光景を見たら、どちらが悪魔だと思うだろう。
 まさしく地獄絵図だった。
 双剣と激突した悪魔の刃が、真ん中で割れる。
 こんな細い女に競り負けるなんて、ありえない――ひるんだすきに、銃が
火を噴き、後頭部から地面に崩れおちる。
 血だまりの中で、影がうつくしく動き、双子の剣が肉を絶つ音が、闇夜に響く。
 金色の髪も、黒い服も、しろい肌も、なにもかもが紅い。
 紅い影が躍るたびに、絶叫が、一つ増える。
「…この程度で、私に牙をむくなんて百万年はやい!」
 地上にいる人間の中で、神に近い場所にいるはずの修道女は、声を立てて
笑っていた。
(妙な女だ)
 たかが人間の身で、どうしてここまでできるのだろうか。
 刀で緻密な軌道を描きながら、それとなく女の目に浮かんでいるものの
正体を探る。
「ちょっと、見習い!手ェ抜いてんじゃないわよっ!」
「見習いだと!?」
 閻魔刀が、悪魔の脳天から爪先まで両断する。
二つに割れた身体の間から、からかうような微笑がのぞく。
「……アンタ、もっと強いはずよ」
 正体を見抜くつもりが、反対に見抜かれていたとは。
 スパーダは、優雅に嘆息した。
「いやな女だ」


***



「違う…。違うッ」
 剣を逆手に持ち、風よりもはやく疾走する。
並木のようにむらがる悪魔を切り伏せながら、なにかを探しているようだった。
「何をしている、小娘!」
「名前くらいおぼえなさいよ、見習い!」
 女の黒い銃が、爆音をあげる。
 反射的に、身体を右に逸らす。背中にうすら寒いものを感じつつ、振り返ると、
下級悪魔の胸に風穴があいている。ちょうどスパーダの頭のあった位置だ。
「…狙ったな」
「そんなのお互いさまじゃない」
 名前を呼ばないことか、それとも偶然をよそおって女を攻撃していることか。
 はたまた両方か。
 出会ってから一時間と経っていないのだ。信頼関係が生まれるほうが
どうかしている。
「そんなことより…」
 女は豪快に笑いとばすと、顎をしゃくった。
「お客さんよ」
 視線の先を、追いかける。
 戦っているうちに、教会前まで戻ってきたらしい。
 屋根の上の十字架が、月に照らされていた。
ふいに、闇が生まれる。月の前を、巨大ななにかが横切っていた。
 憎悪、悪徳、堕落……そのすべてを不気味さで封じこめた魔界の邪気が、
周囲の空気を腐食しはじめる。
 突如、空気がビリビリと鳴った。
夜を引き裂く咆哮とともに、それは空から降ってきた。
「オマエダナ、ムンドゥス様ノ邪魔ヲスル奴ハ!」
 目を開けると、漆黒の獣がこちらを睨みつける。三つの狂犬の頭のそれぞれが、
唸りながら、獰猛な息を吐いている。
 ――ケルベロスか。
 それとなく物陰に隠れ、気配を絶つ。
 ケルベロスは、魔帝と、主従ではなく対等な関係に立っているスパーダを
面白く思っていないらしい。
 目的があるとはいえ、人間と行動をともにしていることをどう捻じ曲げて
伝えるか分ったものではない。
 しかし、心配は無用だった。
(……この女、阿呆だ)
 ケルベロスの鼻先に指を突き出して、さかんに挑発を繰り返している。
「犬っころの分際で、人間様に逆らうんじゃないわよ!アンタなんか三秒で
 あの世に送ってやるんだからっ」
 その『犬っころ』は、19の魔軍を従え、地獄でも侯爵の地位につく上級悪魔だ。
生身の人間が、互角に戦えるとでも思っているのだろうか。
 戦略もへったくれもない挑発に、ケルベロスがまとっている業火が、女の身の丈を
はるかに超え、燃えさかる。
 次の呼吸で、街もろともに、焼き尽くすだろう。
 だが、娘は恐れの片鱗すら、見せなかった。
「散歩するなら、首輪をしてきなさいよ、バーカッ!」
 仁王立ちになって言い放った後、くるり、と、こちらに首を向ける。
(まさか…)
 満面の微笑みに、背筋が寒くなった。
「出番よ」
「なんだと!?」
 さんざん煽っておいて、人に押し付ける気らしい。
 雑魚ならばまだしも、さすがに侯爵クラスの眷属を手にかけたとなれば、
軍法会議ものだ。
「貴様がまいた種は、貴様で刈れ」
 鞘に刀を押し込み、立ち去ろうとした背中に、挑発が投げつけられた。
 振り返えらなければよかった。
 そうすれば、運命の輪は回らなかったはずだ。
「…欲しくないの?」
 スパーダのコートの裾が、なにかに導かれるように翻る。
 視線の先には、ぞっとするほど美しい微笑。
 誘惑に、魂を囚われた。
「闇を砕いて、光を生む銃が」
 ――だれも見たことがないはずなのに、噂は魔界まで聞こえてきた。
 どうして気になっていたのだろう。
 たかが人間の作った銃だ。魔族を相手にできる強度や性能など
期待できるわけがない。
 なのに、気がつくと虜になっていた。
 なぜだろう。
 悲しみや、喜びといった下等の感情を持ち合わせていないはずなのに、
ルーチェ&オンブラのことを考えると、凍てついた部分が動き出し、
なにかを強烈に求めるのだ。
 答えは、分らない。
「ソコニイルノハ…。貴様…マサカ…!」
 血に飢えた魔獣の唸り声が、スパーダの脳天に降りかかってきた。
 分らないが、一つだけはっきりしている。
 今、なすべきことだけは。
「ナゼダ。ムンドゥス様ノ…」 
 音もなく、閻魔刀を抜き放つ。
 鞘の中から光がこぼれ、闇の中に流麗な一閃が浮かびあがるのと同時に、
絶叫が大気を揺るがした。


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(2004/8/1)

<あとがき>
第二回目も読んでくだすって、どうもです!

スイマセン、またまた妄想大爆発な内容でv
管理人は、ケルベロスとゆー生き物の本物をみたことがないので、
すっげー適当です、きゃ。(殴)
某RPGの召喚獣をイメージしてかきました。ぜひ番犬に飼いたいですなぁ。
ってエサをやるだけでも命がけっぽいですよね。

今回、お気に入りな部分は、いやなことはスパーダにおしつける
エヴァ姐さんだったりします。
ウヒヒ。次回も続きます。

よろしければ,またおつきあいいただけると嬉しいです。
では!


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