『S』
−5− 「いいのか」 空気の中の焦げた臭いが散じたころ、スパーダはおもむろに口を開いた。 「なにが」 丘からは、小さくなった街が見える。細長い煙が、街のあちらこちらから 登っているが、魔族の姿はない。 仮初めではあるが、「平和」をもたらしたのは、この女だ。 「戻らないのか」 教会でなくとも、居場所くらいはあるかもしれない。 前を歩く背中が、かすかに揺れる。 ――戻れないわ。 消え入りそうな言葉だった。 が、大切なことを思い返したかのように、勢いよく振り返った。 「もう戻らない」 青いまなざしが、スパーダを射る。 まるで相手をかみ殺そうとでもするかのような、凶暴なまなざしだった。 「そうか」 知らず、喉を鳴らしていた。 人間とは、本当に愉快な生き物だ。 ついさきほどまで己の存在意義を失いかけていたかと思うと、 生きるためにもう目をギラギラさせている。 「これからどうするのだ」 「決まってるじゃない!」 娘は、ばかにしきったように鼻を鳴らした。 「悪魔狩りよ! 魔界の侵攻は、これから本格化するんでしょ? 稼ぎ時じゃない。せっかくだから、一山あててやるわよ」 その狩られる側の『悪魔』を相手に、少しも悪びれた様子もなく、 豪快に笑う。 「アンタこそ、どうするの。 今なら魔界に戻れるかもよ。ホラ、さっきの犬っころが全部悪いって ことにすれば…」 挙句の果てに、進路指導までしてくるとは。 口の端が、引き上がると、娘は眉をしかめた。 「人が真剣に考えてやってんのに、なんで笑うのよ!」 「『笑う』だって?」 「その表情!」 女は、正面に仁王立ちすると、思いっきり顔を上向ける。 目が合うと、それだ、とばかりに人差し指を突きつけてきた。 これが、「笑い」というものらしい。 なるほど、心が少しだけ動く……ような気がする。なかなか興味深い。 「そうだな…」 「とりあえず、あんたの元親友に会って、一度ぶんなぐってきなさいよ。 ふざけるなって」 「それも悪くないな。だが」 暁に染まり始めた空を一瞬みやり、そのまま女に注ぐ。 双剣使いの女に、双子の銃。 不思議な縁だ。 行き着く先に、なにかが待っているような気がする。 「ルーチェとオンブラを、まだ手に入れてない」 「あんた……」 面食らった表情をしかけたところで、ふてぶてしい顔に戻る。 「まだ諦めてなかったの。父さんは死ぬ直前に、『誰か』のために アキュライズしたのよ? もちろん、私のためじゃない。きっとアンタのためでもない。だから…」 スパーダは、遮るように言った。 「どこかの悪魔狩りの娘以上のじゃじゃ馬がいるなら、ぜひ手合わせ 願いたいものだ」 沈黙が、流れた。 が、すぐに肩をそびやかす。 「見習いの分際で、よく言う」 「ならば、引き続き、私を見極めろ」 「ってことは、一緒にくるっていいたいわけ!?」 裏返った大声に、肩がビクリと震えた。 鼓膜を突き破るほどの、音量だった。 「勘弁してよ!」 「なんだ。都合でも悪いのか」 「最悪よ!こんな無表情で面白みのない男と旅ですって?」 エヴァは、握り締めた両手の拳を、いきおいよく空に突き上げた。 「私のモテモテ人生にケチがつくじゃないのっ!」 *** 「まったく、ついてないわ」 エヴァは、こちらの反応をろくに見もせずに、結論を下したようだ。 腰にまで届く、金色の髪をかきあげて、ため息をつく。 「おい…なにを」 うっとうしげに、服のボタンをむしりとり始めるではないか。 制止など気にも留めず、血染めになった修道服を掴むと、宙に放り投げた。 種族が違うとはいえ、仮にも男の前で薄物になるとは。 「あ〜。すっきりした!」 うすく、透けるような色をした肩が、むき出しになる。 重いなにかを脱ぎ捨て、軽くなったらしい。 あっけにとられるスパーダを無視して、気持ちよさそうに背伸びをした。 こちらが唖然とする意味に、ようやく気がついたらしい。 「見とれてんじゃないわよ」 ニヤリ、と口元を緩ませた。 (……この女) あまりの無礼さに、頭を抱えたくなった。 「誤解がないように言っておく」 憮然としたまま、呟く。 「私の好みは、淑女だ」 「あら、困った。たのむから惚れないでね?」 「目的は、双子の銃を手に入れることだけだ。いらない邪推などするな!」 その反応すら、面白いとばかりに、エヴァは声を上げて笑った。 スパーダは深くため息をつくと、笑いころげる女から背を向けた。 「ねえ!手に入れて、どうするわけ?」 後ろからかけられた言葉に、返答に困る。 「……それは」 もはや魔界のためだ、と即答できない自分に驚いた。 かといって、他に使い道など思いつきもしない。 「そのときの気分次第だ」 短く呟いて、空に視線を飛ばす。 茜色に染まっていた空が、今度は、青く澄んでいく。 万物はながれていく。行き着く先など、誰にも予想できない。 しかし。 一つだけ、確かなことがある。 自分の運命を握っているのは、きっとこの女だろう。 「そんなに欲しいの? でも」 おちょくるような声に、振り返る。 この豪快で不遜で、生意気な生き物に、どうしようもなく 引き寄せられる。 「アンタのモノになるかしらね?」 双剣を使う女は、不敵なまなざしを悪魔にくれた。 (了) |
<あとがき> ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました! ようやく完結いたしましたよー、イエーイ!! え? ルーチェ&オンブラがまだ手に入ってないですか? あはは。おっしゃるとおりでございます。 まあ、本文中、双剣使いのエヴァ姐さんと双子の銃をかけているあたりで 妄想してください★ いずれ双子の男子が生まれることでしょう(笑) いや〜。この話でエヴァ姐さん書いてるのが、すごく楽しかったです〜。 スパーダ&エヴァものに目覚めてしまいそうです(笑) 乱暴でガザツで涙もろい姐さんに翻弄されるエリート悪魔…。 パパンの将来に幸多きことをお祈り申し上げます(笑) スパーダモードをプレイしているときの妄想を元に書いた小説ですが、 少しでも楽しんでいただけていたら、幸いです!! ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!! |