Breakthrough the dark night



 闇夜に響く妙音に、銀色の髪が揺れた。
「オレになにか用か?」
 振り返った拍子に、銀色の髪と、くるぶしまである紅いロングコートが風にのって
揺れる。
 月のひかりのとどかない、闇夜。
 ビルの群れは、死骸のように静まり返り、血の気を失って立ちすくんでいる。
うごめいているのは、決して光に当たらない異形のものだけ。
「…用なんてないわ」
 気のない返事に、長身の男はおどけたように肩をすくめるとまた歩き出す。
広い肩から天を指すように突き出ているのは、巨大な刀の柄。
その剣呑さは、男の職業を物語っている。
砂を踏み、背を向けたところで、ふたたび、唇から、うつくしい音がこぼれる。
「けど、こんないい男、声をかけないわけにはいかないでしょ?」
 足取りが、完全に止まった。
 まじまじと女を観察する。
 背後の物陰からこちらを伺っているのは、うすものの衣で頭を覆った女。
布の間から見えるのは、しろく華奢な頤と、紫色で縁取られたうすい唇だけ。
 それだけでも、十分に魅力的だ。
「深夜に美女か、久しぶりのシチュエーションだな!」
 淡い色をした瞳が、さも楽しそうに細められると、女は、しろい喉をならして
美しく笑う。
「嬉しい反応だわ」
 優雅な衣擦れの音がさわさわと響く。水の上を素足で歩くような足取りは、男の
正面でとまった。
 ほそい指が、かなり上にあるひきしまった唇めざして伸びる。
「今夜、楽しませてくれる?」 
触れる寸前で、ふいに男の視線を感じてとまった。
 探るようでいて、からかっているような色彩を浮かんでいる。
「当然だ。俺は、期待以上だぜ?」
「――…」
 視線がからみあい、次の瞬間、はじけた。
 同時に、二人の頭上からうめき声に似た、禍々しい雄叫びが上がる。
 次の呼吸で、両者ともに、はるか後方に跳躍していた。
 男が空を仰ぐと、周りを取り囲む建物の屋上で、人の形に似た異形のものが、
一斉に、甲高く笑った。
 頭は雄牛のそれだ。
身体は黒い布で覆われている。その手に握られているのは、鋭利な鎌だ。
身の丈の数倍の長さはあろうかという反った刃物が、禍々しく底光りする。
 男が、唇の端に笑いをふくむと、つられるように女の可憐な唇も、にいっと
つりあがった。
 紫色のそれが耳の近くまで裂けた、ように見えたのは、錯覚ではないかもしれ
ない。
「今夜こそ、『大当たり』だとイイんだがな」
 腰に手をあてて、小首をかしげる。
 おどけていた頬に、変化が生まれはじめていた。
野性的だが、どこか甘さを残した表情が、無の中に沈んでいく。
雲間に隠れていた月が、強風にあおられ、一瞬だけ顔を出し、消えた。
次の瞬間、闇に浮かび上がっていたのは、残忍を感じさせる微笑。
 精悍で、獰猛さと冷たさを含んだ瞳は、刃よりも鋭い。
「命乞いなら、もう遅いわよ。魔剣士スパーダ息子――」
 女が、かるく手を上げる。
 魔族たちは、雄たけびを上げ、雪崩のように地上の一点めがけて突進しはじめた。
「――ダンテ!」
 豪雨のように空から降りかかる悪魔を、見ようともしなかった。
 鎌の切っ先が、男に突き刺さる。
 その瞬間まで、ダンテは、両手をだらりと下げたままだった。
 反撃するそぶりすら、ない。
「せっかくの美女からのお誘いだ」
 いつの間に抜いたのか。
一閃は、目に見えない速さだった。
鎌をふりかぶった姿勢のまま、魔物は、縦に真っ二つに割れ、灰となって消えた。
「丁重におもてなしさせていただくさ」
 剣を躍らせ、空を斬った悪魔狩人は、凄みのある乾いた笑いを浮かべた。






***






 闇の中に、光が生まれた。
 それは、きらめいた剣の切っ先だった。
 まっすぐに伸び、魔族の胸元の中に吸い込まれていく。くろい血が、飛沫を上げ、
ダンテに降りかかるが、それは地面を濡らしただけ。男の姿は、そこにはない。
 廃ビルの立ち並ぶスラム街に、断末魔のうめきがとどろく。
 同時に、まるで離れた場所で、銀色がきらめく。
 灰ビルの壁を蹴り飛ばし、悪魔の背後に回ったかと思うと、両手の銃が火を噴く。
哭き声ともつかぬ悲鳴。男の頬には、うすい微笑。
 風に踊る銀色の髪は、刃物の閃光を思わせた。
息もつかぬ速さで、金属がぶつかり合い、火花を散らす。動きを肉眼で追うことさえ
難しい。残るのは、低い断末魔のうめきだけ。
「もう降参かよ。イージーすぎるぜ?」
 挑発に怒りをあらわにした魔族が、巨大な鎌を振り下ろす。
が、そこには誰もいない。
 牛に似た頭を、こっけいなしぐさで左右に振った瞬間、空から降ってきた強烈な
回し蹴りが頭骨を砕いた。
 ダンテの動きは、あまりに奔放で、予測がつかめない。
 ただ分かるのは、激しいビートを刻むステップが連なったときが、最期だということ。
 空をくろく染め抜くほどの数が、目に見えて減り始めてきた。
「なかなか、楽しませてくれること…」
 最後の一頭が狩られる様子を、じっと見詰めていた女が、すいっと立ち上がる。
 剣で斬り上げられ、落下してきた下級悪魔の胸に、ダンテは剣を突き出す。
 その刹那のことだった。異変が起こったのは。
「――ッ」
 ダンテの肩先で、鮮血が跳ねた。
 胴を串刺しにできるほどに長く伸びた爪が、肩の肉をえぐったのだ。
 息をつく暇もない。
 女は、かるく地面を蹴ると、ふたたび、異常なほどの跳躍で間合いを、つめた。
「クソっ」
 火花が散った。
 顔の正面に刀をつきだし歯の部分で、爪を受け止める。
 見た目は、たよりない線をもつ女だが、圧倒的な力だ。切り伏せた使い魔とは
比べ物にならない腕力と、身のこなしだ。動きに、一切の無駄がない。
これが、上級魔族の力。
 背中に、硬いなにかがあたった。
互角にわたりあっているつもりだったが、廃ビルの壁にまで、追い詰まれたようだ。
「アハハッハ、これで狩人だと名乗るのかい?ずいぶんと低俗な輩を
 相手にしてたんだねぇ」
 剣と爪が、しのぎを削りあう。
 歯を食いしばっていたのはダンテだけ。
その最中、女は、のどをむき出しにして、ケラケラと笑った。
 隙をついてうすい腹めがけて、蹴りを繰り出す。が、女は、ふわりと宙に浮き、
逃れる。無重力になったところを、狩人は見逃さなかった。
「…喰らいな」
 ありったけの力を振り絞って、剣のひと突きをくりだす。が、華奢な指の間で、
かるく受け止められる。児戯に等しい。
「ク…!」
 火花が散る。
 廃ビルに轟音が上がり、二三度、揺れた。
コンクリートの壁が円状に割れ、その中心にダンテがいた。胸の奥から呻きが上がり、
にぶい色をした血が唇の端を濡らした。





***




 壁が砕けた衝撃で上がった煙が、ようやく収まってきた。
 茶色の煙幕の中、男が壁に背を預け、うなだれている。くだけたセメントが、頭に
パラパラと降りかかる。
「どんな気分だい、ダンテ? 今日はおまえが狩られる番だよ。
 わが眷属を狩ってくれたお礼を、たっぷりとさせてもらうよ」
 女は、宙にういたまま妖艶な笑みを浮かべた。
闇夜の中に浮かびあがったしろい相貌は、くらい恍惚が内側からにじみでている。
「うふふ、楽しみだねぇ、お前の断末魔は。
 どんな悲鳴を上げるのか、ゾクゾクするよ。
 数百の人間を狩ってきたけど、あたしは若い男の末期の声が、一番すきなのさ。
 若い肉が苦悶でよじれて…絶命する。ああ、たまらないねぇ」
 手の平を空に向ける。その中で、炎柱が上がった。中心が、狂ったかのように
燃え盛る。
瞬時に、火山の噴火を思わせる焼けた色にまで濃くなった。
 手の平の中にあった炎が、勢いと大きさを増す。
 ダンテは、まだ、瓦礫の中に倒れている。
「だらしないねぇ。もうおしまいかい? 人間の血が半分でも混ざるとこのざまかい。
 アハハハ。残念だねぇ、敵討ちもできずに、死んじまうなんてさ!
 せいぜい、あの世で、ママとよろしくしなさいな」
 声を上げて笑った。
しろい頬を、灼熱の塊が、禍々しい赤で染め上げる。
うつくしい旋律は、甲高く、やがて狂気を秘めた声にまで高まっていく。
 夜の闇いっぱいに響いたころ。
女は、火の玉を大きく振りかぶり、投げつけた。
 空気を巻き込んでふくれあがり、火の粉を撒き散らしながら、狩人めがけて
突進していく。
 ダンテは倒れこんだまま。けたたましい笑いは、勝利をかみ締めて、さらに高くなり、
歪んだ。
 突如。
鋭い、なにかが、鳴った。
 上級悪魔は、とっさに避ける。
 目を見開き、自分が追い詰め、動けないであろう獲物を目で追う。
 ありえないことが、そこで起こっていた。
 瓦礫の中に、紅い影がゆらめいている。あざやかで血の色すら思わせるそれは、
女の作った炎ではなかった。長身の男が、無傷でそこに立っている。
 だらり、と手にぶら下げていたのは、さきほど背負っていた剣だった。紫の雷が、
絡み付いている。
 真正面から、火の玉を弾き飛ばしたのだ。
「―-なっ」
 唇から、驚きの声がこぼれる。
「嘘だ!純粋な魔族が、できそこないになど負けるはずが…」
 はっとしたときには、すでに形勢は逆転していた。
 女は、肩を震わせた。
「『大当たり』じゃなかったが、今夜は、そこそこ楽しかったぜ?」
 いつの間に――。
 銃口が二つ、女の額におしつけられている。
右手には、闇よりも深い色をした銃。左手には、冴える月よりもあかるく光る銃。
交差させた両腕を、目線の高さにまで掲げていた。
「シャレた宴会の礼だ」
 視線があうと、狩人は、おどけたように首を真横に倒した。
 つやのある低い声が、闇にあまく響く。
「優しくイかせてやるよ――」
 人にも悪魔にもないものが、表情の中にあった。
 それこそが、ダンテという男を形作っている。
 銀色の髪と同じ、色素のうすい瞳。そこに宿っていたのは、悪魔のもつ無機質で
残忍な闇と、感情をもつヒトにしかないゆらめく炎のような生命力の光。
 相容れないものが、共存していた。
 ニヒルな口元が動き、クールな微笑を刻みこむ。
「――あの世へな」
 闇を、銃声が切り裂いた。
 




<あとがき>
 初めて書いたダンテさまです!

拙者、デビルはリアル・タイムでプレイしていてダンテさまが大好きで、
小説サイトもそのころから作っていたのですが、デビル小説は今日まで
書いたことがありませんでした!

なぜって?
難しいのですもの、ダンテさまは!

この文章での苦戦のとおり、クールで、タフでお茶目なダンテさまを
スタイリッシュに書くのだなんてとてもとても(笑)

でも、書くほどに楽しいのはナゼ?(ダンテさまにとっては大迷惑(笑))
惚れてしまったので、少しでもカッコイイダンテさまがかけるように
なりたいです。

ここまで読んでくださってどうもありがとうございました!


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