Are you ready?
PM;00. 朝というには、日差しの強すぎる時間。 日も高いというのに、スラム街のビルの狭間にあるせいか、便利屋「デビル・メイ・ クライ」の事務所の中は、どこか薄暗い。 水気の悪いジメジメとした、ほこりっぽい店内には、壁に剣で串刺しにされた 異形の生物の頭蓋骨の白さが、店内に昼とも夜ともつかない――この世のもの とは思えない曖昧な空間をかもし出している。 だが、不気味さは微塵もない。 特大のビリヤード台と、特注サイズのオーディオ機器。 それにもまして存在感があるのは、店のど真ん中にあるアンティークものの机と 椅子だ。 黒檀製の机の上には、書類や、食べかけのピザが無造作に放り出されている。 高級家具とアンバランスな道具の数々は、あるじの個性そのものだ。 それらに負けず、個性を主張しているのは、店の片隅の暗闇にある、どっしりと した作りの長椅子だ。 職人が丹精をこめて作ったと分かる装飾のほどこされた肘掛から、長い脚が、 二本、突き出ている。 決して小さくはない、むしろ特大サイズいってもさしつかえないが、長身には 窮屈らしい。 肘掛の上で、もてあましぎみに脚を組んでいる。 何年もそこに置いてありそうな色をしたブランケットを腹の上にかけて、店の あるじは熟睡していた。 足元には、脱ぎ捨てたコートと大刀が転がっている。 並みの男でも持ち上げることすら出来ないであろう大きさの刃には、まだ 乾ききっていない赤いものがこびりついている。 彫りの深い顔立ちからは、日頃の殺気は消えている。 ビルの谷間特有の静けさと薄闇に包まれて、無邪気に眠りについていた。 *** 死んだように静まり返った店内に、突如、薄闇の中に、いっそう深い影が 生まれた。 細い影がいくつも寄り集まり、天井に向かって伸び上がっていく。 「それ」は、生きているものだった。 しだいに、人に似た形になっていく。が、体の厚みがない。 胸には逆さまになった十字架と、それをイバラの棘で取り囲んだ印が刻まれ ている。 堕天して、悪魔にでもなったのだろう。 そのマークは、反逆の証のように挑発的だった。 「それ」が、店のあるじの男の背丈を軽く通り越し、ひょろり、と伸びきったあと。 ふわり、とローブが揺れる。同時に、その中から鋭利な刃物がこすれあう。 男めがけて振り下ろされたのは、巨大な剣だった。 爆発音が上がり、ソファーが二つに割れる。 砕け散った木片と砂埃の中、悪魔の影の真ん中――人間で言えば顔にあたる部分が、 真っ二つに割れ、間から赤い空間が見える。 笑っているのだろう。 影が、小刻みに揺れる。 獣の唸りに似た声は、不明瞭な言葉で呟いた。 ――裏切り者…スパーダの息子を討ち取ったぞ。 手を広げ、天にまします何かに宣言するような、大きな哄笑に変わったとき。 「随分と荒っぽいモーニング・コールだ」 悪魔の背後で、不機嫌そうな声が響いた。 振り返ると、そこには、真っ二つになったはずの男が立っていた。 均整の取れた上半身には、なにも羽織っていない。ズボンを引っ掛けたままの姿。 丸腰のくせに、焦るどころか、不敵で危険な色を浮べる瞳をイタズラっぽく細めた。 「…ったく。美女の不意打ちなら、熱烈に歓迎するんだがな」 ダンテは首をすくめると、さらにからかう。 「おいおい、そのソファー、まだローンが残ってるんだぜ?」 視線を悪魔に注いでから、もはや原型を留めない木材の上に流す。 「キシャァ!!」 こちらの言葉を解したのかどうか、敵意をむき出しに吼えた。 ソファーの足元、悪魔の足元には、深紅のコートと刀が転がったままだ。 悪魔は、甲高く笑った。 ――武器モ持タナイ貴様ニ何ガデキル。 そう勝ち誇るやいなや、風が鳴る。 湾刀を頭の上で振り回しながら、数十歩ほどの間合いをダンテめがけて 突進してきた。 ダンテは、表情一つ崩さない。 むしろ、楽しくてしょうがない、とでもいうばかりに、微笑すら口元に浮かべている。 「ハハ、なら賭けようぜ?」 手にしていたタオルケットを悪魔めがけて、投げつける。 「次に、真っ二つになるのは、どっちか」 悪魔が視界を奪われた一瞬の隙を逃さず、痛烈なエルボーを打ち込んでいた。 *** 空気が唸った。 ダンテの右の拳が、悪魔の胴体に叩き込まれる。 大きく数歩、よろめいたが、踏みとどまる。足元のダンテの武器を渡さない ように、立ち回っている。 「つまらない戦い方するなよ。もっと派手にイこうぜ」 呟いたときには、ダンテの足が高く掲げられていた。 次の瞬間には、肉と骨を同時に砕く一撃が悪魔の脳天を急襲していた。 骨があるならば、粉々に砕けていたろう。 「キシャァァア!!」 怒り出した悪魔の振り回す刀を、ダンテは踊るような仕草で避ける。 その勢いに乗せた体重を利用して、左フックを胸に叩き込む。 それは、悪魔の怒りに油をたっぷりを注いだ。 攻撃の速度が、上がっていく。 常人ならば、とっくに串刺しになるほど高速で繰り出される剣先を、ダンテは 薄笑いを浮べながらかわす。 ハードロックの調べに合わせたように、激しく、キレのある動き。 避けた拍子に、銀髪が揺れる。風に乗る髪の先を、刃物が追いかける。 「イイぜ。朝からこんな飛ばすなんて、クレイジーだ!」 悪魔は、狂ったように刀を振り回す。 「――おっと」 男の頬を、刃物がかすった。 いつの間にか、ダンテの攻撃の回数のほうが、少なくなっていた。 大勢が、動いた。 部屋の中央の黒檀製の机の横を過ぎ、ビリヤード台も通り越す。 あと数歩で壁だ。 悪魔の剣先は貫く肉を求めて、がむしゃらに突き出される。 ダンテの肩が、壁に当たる。 避ける場所は、もうない。 敵は、低く、さも愉快だとばかりに吼えた。 「遊びすぎたかな」 ダンテは、首を左に倒す。その数ミリ横の壁を、刀がめり込んだ。 ――コレデ、終ワリダ。 悪魔の口が、真っ二つに裂けた。笑いながら、刀を大きく振りかぶる――。 黒い身体が、揺らいだ。 ダンテが、胴に一撃を叩き込んでいた。 しかし、致命傷には至らない。 それどころか、悪魔の闘争心に火をつけてしまった。 顔の端まで避けた口から、荒い息とともに、呪いのような、哄笑するかのような 不気味な言葉とともに、メチャクチャに刀を振り回す。 「――チッ」 再び、ダンテは避けの一方になる。 刀を持つ手元に蹴りを入れる。攻撃の手は止まらない。 すぐさま横に一閃してきた刀を、かろうじてジャンプで避ける。 店の中央に置かれた黒檀製の机の上に着地する。 が、机の上には不運にも、積み重なった書類とピサがあった。アーミーブーツで 踏みつけると、足を取られた。 悪魔の湾刀が、ダンテめがけて振り下ろされる。 「クソッ」 慌てて宙で捻った体が、床の上に叩きつけられて、数回バウンドした。 「キシャァァ!」 悪魔は、さらに攻勢に乗じた。 ダンテの身体めがけて刀が振り下ろされる。転がって避けるのと同時に、 その場所の木の板が砕ける。 皮一枚のところを、剣の切っ先が通り過ぎていく。 「ったく。オレの店を壊滅させる気かよ?」 ――オマエモ、スグニ粉々ダ! 悪魔は刀を頭の上に掲げ、大きく振り回すと、咆哮した。 またもや、壁際に追い詰められた。今度こそ、絶対絶命だった。 ところが――。 ダンテは避けもしない。防御の構えすら取らない。壁に背を預けたまま。 不敵な眼差しで、悪魔を睨みあげる。 敵は、一瞬、きょとん、とした。が、次の瞬間、悔恨の色で塗り変わった。 「JACKPOT!」 男の腕が、天を掴むように伸びる。 そこには、壁に固定された異形の頭蓋骨があった。 大きく開けた口の中に突き刺されていたのは、巨大な剣だった。 細身の刀身と、優美な装飾が施されて柄は、芸術品とも呼べそうだ。 が、それを裏切る、鈍く、獰猛な硬質の輝き。 ――キサマ、最初カラ狙ッテイタナ。 悪魔の呻きは、すぐに断末魔に変わった。 「そんな切なそうな声で哭くなよ。楽にイかせてやりたくなるだろう?」 デビル・ハンターの口元には、クールな微笑。 「準備は、いいな?」 リベリオンが、薄闇の中で大きな軌道を描いた。
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