Trap






「なんだ。いきなり」
 バージルは、秀麗な顔にわずかに皺をよせた。
「しょうがねえだろう?」
 かまわず、ダンテは、唇を狙ってくる。もちろん、顔を逸らす。
 道の往来だというのに、ダンテは少しも悪びれはしない。
むしろ、通行人の驚く顔が面白いのか、頬に笑みすら浮かべている。
「欲しくなっちまったんだから」
 いかにも上品そうな身なりをした淑女が、こちらを見て眉をひそめた。
 同じ身長。同じ顔。
二人の関係は、一目瞭然だ。
 無神経な弟には平気でも、俺に耐えられるはずがない。
「ふざけるな、馬鹿者が!」
 近づいてくる唇の間に、立てた手を挟み込んでガードする。
「照れてんのか。カワイイねぇ、オニイチャン?」
 ますます調子づいて、肩に腕を回してくるではないか。
「〜〜〜〜〜ッ!」
 有無を言わさず、腕を掴むと、雑居ビルの間に引きずっていった。
「貴様っ!」
 雑踏が遠ざかったところで、間髪おかずに、にやけた顔に
自分のそれを近づけて、睨みつける。
「へぇ、珍しい。乗ってきた?」
 唇の位置が近いのに興奮したらしい。
あくまで自分に都合のいい解釈しかしない弟に、目眩がしてきた。
 一度、どうしてこんなにベタベタするのか聞いてみたことがある。
 答えは、上手くはぐらかされただけだった。
「少しは、行儀をわきまえろ」
 体が、わなわなと震える。
 閻魔刀で両断できたら、どんなに気持ちがいいだろう。
しかし、父母亡きいま、自分が諭さねば、誰がこいつを諭す。
 ダンテの辞書には、学習という文字がない。
 人の言うことを聞かない。
いや、こちらが話を聞かないことに腹を立てるのを
おもしろがっている節すらある。
 夕べもそうだった。あれほど、やめろといったのに――。
(・・・不本意だ) 
 思いだしただけで、体の芯が、どうしようもなく火照ってくる。
 夕べ-―いやほんの数時間前まで繰り広げた狂態。
 ダンテの荒い吐息。汗のにおい。そして-―。
 奥歯を噛みしめて、やり過ごす。
(・・・気取られるな)
 身体の中には、まだ彼がいるような疼きが残っている。
 昼間、触れられるのは嫌いだ。
 あのときの「感覚」がよみがえってきて、理性も思考力も
溶かされてしまいそうな気がする。
 自分が自分ではないほど、ダンテに向かう。コントロールできないほど、
求めてしまう。
 しかし。
 もっと、許せないのは-―。




「やっぱり外に出すんじゃなかった」
「なんだと」
 疑問の眼差しをむけると、ダンテは、思わせぶりに顎をしゃくった。
「夕べのアレが顔に残ってる」
 見透かされて、一気に、赤面した。首も、染まる。おそらく、全身も。
「そ、そんなことあるものかッ。きちんとシャワーを浴びた!」
「ああ、一緒にな」
 だめ押しをされて、反論できずにいると、ダンテは大げさに頭を振った。
「アンタに『好きにしてくれ』って顔されて、我慢できるかよ」
「煽ったのは貴様だ、愚か者がッ」
「へぇ。その愚か者に抱きついて、『もっと』ってヨがってたのは誰だ」
「黙れ!」
 こんな自分に、反吐が出る。
 感情を、心に止めておくことができない。いらだたしさを
剥き出しにしたまま、怒鳴る。 
「だいたい、仕事の前の日はイヤだと常から言ってあったのに、お前ときたら」
「ストップ!」
 いいながら、ダンテはなれなれしく首に腕を回してきた。
(やっぱり斬り捨てておけばよかった)
 目の前にある、しごく嬉しそうな顔を見ると、げんなりとする。
 こちらを怒らせるだけ怒らせておいて、隙をつき食らいついてくる、したたかさ。
そして、身体だけでなく心の隅々にまで、所有の刻印を押したがる激しさ。
 このままでは、確実に屋根のない場所で、弄ばれるだろう。
(それだけは、ごめんだ)
 逃げるなら、今が最後のチャンスだ。
「説教なら、家に戻ってからにしてくれよ、オニイチャン」
「どうせ聞いてないくせに」
 まずは自分のペースを取り戻すのが、先決だ。
 大げさにため息をついて、敵の出方をうかがう。
 が、敵は一枚上手だった。
「一晩中、耳元で囁いてくれるなら聞いてやるよ」
 膝を割って、絡んでくる脚に、眉を逆立てた。
「おい。物陰とはいえ、人前だぞ」
「見られてヤるほうが、燃えるかもよ?」
 頬に手を添えられ、親指でくすぐるように撫でられる。
 甘い痺れが、背筋をはい上がってくる。ダンテとみだらな自分から、
顔を逸らす。
 だが、逃がしてはくれなかった。
 それほどまでに、彼が欲しいものは何なのだろう。
 添えられた指に、ぐっと力がこもり、背けた顔を引き戻された。
「なんなら」
 目の前の口元が、にっとつり上がった。
「抵抗してみる?」 
 一番、許せないのは、これだ。
 目の前にしかけられているのは、逃げるのが惜しいほどに、甘い罠。








<あとがき>

はたしてこのあと、お兄ちゃんは、ダンテくんの罠から逃げられたのでしょうか?
それは、読者さまのご想像におまかせします(笑)

私見をもうせば、なし崩しになるのも悪くはないですね。くすっ(鬼)
管理人の人格を疑われるまえに遁走しますね〜〜。
って、もう遅い?

読んでくださって、ありがとうございました!

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