one
ひとりの男が、机に向かい、本を読んでいる。 端正な顔の眉間で、気むずかしそうに寄せられた皺。 男を取り囲んでいるのは、張りつめた、見えない壁。 己以外には、無関心。冷淡。 バージルというのは、そんな種類の男だった。 長くしろい指が、優雅に動く。 同時に、静寂を破るように、書斎の扉が、蹴り開けられた。 「ま〜た、そんなところでひなたぼっこかよ!」 コートについたシルバーアクセサリーをジャラジャラと鳴らし、 ズカズカと入り込んできたのは――。 男は目もくれず、古書のページをめくる。 ダンテもマイペースだった。 「朝からよくもそんな小難しい本ばっかり読んでられるよな。 干からびちまうぜ?」 床を踏みならしながら部屋を横ぎると、机の端に、どっかりと腰を下ろす。 それでも、男の視線は本に注がれたまま。 ダンテは、やっぱり気にしなかった。 むしろ、その無関心さがたまらない、とばかりに、口角をつり上げる。 ぶんっ、と空気が鳴った。 長い脚が、机の上をまたぐ。 なにかが叩きつけられる音とともに、静かだった机の上が波打った。 「-―行儀が悪いぞ」 不機嫌なうなりとともに、眉間の皺が、かすかに動く。 男の顔の左横には、ダンテの靴。 机の上に左膝を立て、右脚をつきだしている。 値の張る代物だろうと、年代だろうと、彼には関係ない。 「そりゃ悪かった。兄貴の教育が行き届いてないんでね」 おどけたような声音は、関心を引くのに成功したのが嬉しいとばかりに、 弾んでいた。 「なぁ。バージル」 「なんだ」 あしらうような気のない返事とともに、目を手元に戻しかけたとき。 ダンテは、甘えるように、囁いた。 「しばらくぶりだろう。ヤろうぜ?」 *** 「こんな朝から?」 バージルは、うんざりとした顔を隠さなかった。 「朝だから、燃えるんだ」 「お前では相手にならん」 再び、文字を目で追いかけながら、つまらないとばかりに却下した。 「-―ハッ。よく言う。アンタのアレを喰らって、ヒィヒィ言わないほうが おかしいんだよ!」 「言い訳なぞ聞きたくない」 「そういうことは、試してから言えよ!」 聞き流そうとするのを糾弾するような強い口調。 顔を上げれば、噛みつくような眼差しと重なる。 挑発するかのような、それでいて、どこか必死さの見え隠れする青い瞳。 「-―フン。どうせまた口だけのくせに」 わざとらしく嘆息する。 それをダンテは挑発と受けとった。 「どうだかな。少なくとも毎日ヤりたくなるくらいには、満足させてやるさ」 ますますムキになって、言い返してくる。 「・・・面白い」 バージルは、ついに本を放り出した。 立ち上がり、上から押さえつけるように睥睨する。 他人には、冷徹。残酷。無関心。 だが、こうして無心されると、自分の流儀が破れてしまう。 「飽きさせたら、容赦しないぞ」 ペースを乱されても悪くないのかもしれない・・・と思うあたりで、まだまだ 詰めが甘い。 「それはこっちのセリフさ」 二つの青い視線が、宙で衝突する。 冷え切った心の底を、唯一溶かせるのは、この蒼だけ。 人としての希薄な「生」の実感を呼び起こせるのは、この半身しかいない。 同じ顔。同じ力。すべてを一つで分け合う、片翼。 だからだろうか。 閻魔刀を引き寄せ、一気に鞘を落とした。 「期待してる」 切っ先を突きつけ、冷たく笑う。 疎ましくも、こんなに、いとおしい。 ダンテが、どう思っているのかは知らない。 彼は、ただ-―。 「今日は、絶対に負けねぇからな!」 -―無防備な微笑みをこぼしながら、リベリオンを引き抜いた。
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