懲りない奴ら2 口づけで、過去を暴ければいいのに。 快楽の埋み火を刺激され、少しづつ目がかすんでいく。 書斎になだれ込んだのは、一番近い部屋だったから。手慣れた仕草で 導かれた椅子に、沈み込むように座されていた。 激しく吐息と舌を絡ませながら、ワイシャツの前をはだけられる。 「バージル」 囁くように呟かれた声の甘さに、知らず背筋が震えた。 もう一度、名前を呼ばれた。吐息とともに唇が肌を滑る。名前を呼びながら、 胸の突起を口に含み、軽く引っ張られた。 「もう・・・こんなに?」 からかいを含んだ声。 これは、俺の知っている男のものだが、どこかちがう男であるような気もした。 「煩い・・・集中しろ・・・んっ、ンッ−ー−!?」 息が苦しさに、力任せに背中を叩く。自分のペースではないキスとは こんなにきついものだったのか。 うかうかしているうちに、脚を膝で割られ、上にのしかかられた。 涙目で睨みあげると、ダンテの喉が大きく鳴った。 「・・・反則だよ、アンタ」 「あッ」 荒い息をはくその軌道を確かめるかのように、長い指が、ついっと 伸びてきて、肌の上を滑る。 びくり、と足先が震えた。 「すげーやばいことになってんですけど」 小さなうめきが、唇からこぼれた。 意地悪いダンテの膝が突き当てられた場所に、目をやる。 頬が、上気した。 雄の部分は、たしかに欲望を示していた。 「初めて抱かれるから、興奮してんの?」 ズボンにかけられた手首を、慌てて掴む。 「ちょっと待て!」 「なんだよ」 制止をものともせずに、足首にまきついたそれを忌々しげに取り払う男に問う。 「こんなところで・・・するのか?」 ベッドとはいわないまでも、せめて平らな場所が望ましい。 しかし、返事はなかった。 ダンテがコートを脱ぎ捨てると、夜気だけではないなにかで震えた。 月明かりの中でほのかに浮かび上がった肉は、白銀を思わせるしなやかさと 逞しさを兼ねそろえていた。 「ダンテ」 不安になって、名前を呟く。だが、目を合わせられない。 まだ返事がない。 「ダンテ――・・・っ!」 「悪ぃ」 誘いかけてきたときとは、がらりと変わった口調。固くなった場所を もみほぐすかのように、からみついてくる指。 「ベッドに行く余裕なんてねぇ」 耳元であまく囁かれたのは、かすれた声だった。 *** 覆うものがなにもない身体が、これほど頼りないものだとは知らなかった。 膝の裏を持ち上げられ、椅子の肘掛けの上に足を載せられる。ひどく無防備な かっこうを青い瞳に犯されると、濡れた声が喉の奥からせり上がった。 でも、ダンテは気付かなかった。 俺の足首を掴み、夢中で舌を使っている。 慣らす前に、我慢しきれずに秘所にあてがわれたものの熱さに、身体が甘く痺れた。 「ーんっ・・・もう少し、丁寧にしろ・・・っ」 「無理だって!」 椅子が、ギシギシと悲鳴をあげる。椅子に串刺しにされるかのように 突き上げられ、椅子から、くねり出ようとするが、大きな身体に押しつぶされていては 不可能だった。 はっきりいって、今の状態は、快楽にはほど遠いものだ。 普段の自分たちの狎れた行為からすれば、稚戯に等しい。 彼の欲望そのままの熱をくわえこまされた身体が、軋み始めている。 なのに――。 「・・・ふ」 力任せに突き上げられ、頭が椅子の背もたれからはみ出る。弧を描いた 喉から、笑いがこみ上げてきた。 目を開けると、必死で身体を揺らす男の顔。汗に濡れて、火照る肌。 薄い唇は、うっすらと開いている。 普段は油断ならない言動で、組み敷かれたときですら生意気な態度を 取るくせに、今は−−。 「なに笑ってんだよ」 小休止だ、とばかりに動きを止めて、喘ぎにまぜて呟く。 眉根によせた皺が、妙に愛おしい。 「おまえ・・・女のときも、こんな顔を?」 知らず、ふだんより口調が柔らかくなっていた。 だが、やはり、ダンテには気付く余裕などなかった。 「知らねぇよ。それならアンタだって・・・! って、だからなんで笑うんだよっ」 ムキになって言い返してくる。 本当に、からかいがある奴だ。 「さぁな」 「ひでぇっ」 ダンテは、ふいっと横を向いた。 (おっと、さすがにやりすぎたか) むくれた顔をした男の首に、脚をからめ、ねっとりと言い放つ。 「――せいぜい必死で動け」 ダンテは、少しの間、口をぱくつかせるが、すぐに思い直したように、 口元に不敵な笑みを浮かべた。 「絶対、イかせてやる」 *** 睦言の合間は、もちろんキスの嵐だった。 ――イきそう? ――どうだかな。 ――だから、なんで笑うんだよ!アンタ、やっぱり意地が悪い。 ――くすぐったいからだ。 ――ウソつき。 そうして、また唇が降ってくる。 これを笑わずにはいられるか。 この顔を知っている女なんて、絶対にいない。 追いつめられながらも、懸命に目を開いた。 そこに、ダンテの顔がある。 網膜に、やきつけられたらいいのに。 必死で腰を動かす顔には、俺の後ばかりを追いかけてきた幼いころの 懸命さが浮かんでいる。 今にもとろけそうなくせに、その快楽のすべてを捕食しようとする貪欲な瞳。 「――ぁあ」 上り詰めた顔の男らしい色気と、なかで暴発寸前にまで育った熱に、 吐息がこぼれた。 この傲慢なまでの自信家が、これほど余裕をなくすのは、俺以外にいない。 この世の生物で、こいつと肩を並べられるのは、双子の兄の俺だけ。 血と力。 身と心。 悪魔の運命と愛情のすべてを分け合っているのも、俺。 戒めるようにきつく、息ができないくらい固い何かでつながっている。そんなものを もてるのは、俺以外に誰がいる。 ――ダンテは、俺だけのもの。 「ん・・・ぅッ」 身体の奥で、熱いなにかに火がついた。 そんな俺をみて、なかの猛りが密度と激しさを増す。痺れたように、じん、とした 感覚が、一気に背中をかけめぐる。 「んっ・・・ンッ・・・あっ――、アっ、っ・・・アぁ・ああッ!!」 「バージルっ。そんなに・・・くっ。食いちぎる気かよ」 一瞬で、限界にまで上り詰めた。 どちらのものともつかないうめきの後。 「あ」 身体の奥で、灼熱が、大きく弾けた。 意識を飛ばしながら必死に手を伸ばすと、力強いなにかに握りかえされた。 技巧も駆け引きもあったものではない。 なのに。 切ないほどに、こころが温かかった。 **** 「だらしのない」 苦笑混じりに言うと、ダンテはかぶりを振った。 「これしきのことで腰を抜かす奴があるか」 「しばらく使い物になんねぇくらい締め上げた本人が、それを言うな!」 すべてが終わったあと。 ダンテは、椅子の上にへばり込んだ。 なんでも「悦すぎた」らしい。 「アンタをヒーヒー言わせるつもりが、どうしてこうなるんだよっ」 情欲のあとをほとんど見せないで後始末にはげむ俺に、照れでもかくすかの ように、ギャンギャンわめき立てる。 「ほら、脚をあげろ」 「あ〜、くそ。かっこ悪ぃ」 言いながらも、素直に脚を高く上げた。 指にからみついてくる濡れた肌の心地よさに、思わず心臓が、鳴った。 不埒な考えをあわてて引っ込めようとしたが、この弟にはそんな必要がなかった。 さすがは、我が半身。 「なぁ、オレに抱かれてる顔も最高だったけど」 ダンテは、ついっと脚を持ち上げる。 腹のくぼみに、くすぐったい感触。俺のへそを足の指でからかうと、 そのまま下っていく。 足首を掴みあげ、イタズラをしかける指に噛みついてやると、ダンテは 歓喜の声を上げた。 「やっぱりコッチの顔も好きだぜ?」 「懲りない奴だな」 もう一戦どうだ、と目線で訴えると、かかってこい、とばかりに色っぽくも 好戦的な視線とかち合った。 知らず、口元がほころんでいた。 これも、俺しか知らない表情。
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