長く、美しく、残忍な弧。
研ぎあがったばかりの閻魔刀を抜き放ち、バージルは飽くことなく見つめている。
突如。
静寂が、切り裂かれた。
「――いつになったらノックの仕方を覚える、ダンテ」
憎たらしいこの兄貴は、怒るどころか、視線すら動かさない。
足元には、唐竹を割ったように切れた銃弾の残骸が転がっていた。
「そいつぁ、失敬。 ボケちまったんじゃないかと心配したんだぜ?」
煙をくゆらすエボニーの銃口に息を吹きかけ、口元を引き上げた。
「よく言う。俺からすれば…」
閻魔刀が勢いよく空を斬りつけ、床につく寸前、切っ先を跳ね上げた。
バージルの長い指が鞘口にそえられた瞬間、流水のようななめらかさで、
刀身が鞘の中に吸い込まれていった。
刀の納まる音とともに、小さな緊張が解けた。唇から微かな息がこぼれるのを、
見逃すバージルではない。
「おまえの脳みそのほうが心配だ」
美貌に、侮蔑ともつかない微笑を刷く。
「刀に嫉妬するバカがいるか」
横をすり抜けようとする青い左腕を、捕らえた。そうせずには、いられなかった。
「バージル」
胸の底から猛烈に突き上げてくるものはあまりに激しすぎて、ことばにできなかった。
刀身に映るバージルは、到底この世のものとは思えなかった。
そこに照らしだされたのは、人の器に押込められた魔。心の深淵は、ヒトと呼ぶには
あまりにくらすぎた。かといって、彼の放つ気は、魔と呼ぶには清冽すぎる。
そんなアンビバレントな危うさを呑んだ生き物は、ただ刀を見つめていた。
恍惚とした表情の底を流れているのは、力をもとめる狂気に似た欲。
「――離せ」
はっとすると、バージルの不機嫌そうな顔があった。
恋する男ほど、憐れな生き物はいない。泣かせた悪魔と女の数も数え切れない
このオレが、このざまだ。
いつかオレを捨てていくであろう男を、こんなにも惜しんでいる。
だけど、泣いてすがってなんかやらねぇよ。
「おいおい。人に頼むときは、きちんとオネガイするんだぜ? ママから教わっただろう」
蒼い瞳が、一気にとがった。
剣先よりも鋭い瞳を、あますところなく受け止める。
「その前に、生意気な口を叩く弟を教育しなくてはならない」
「ベッドの上でなら」
バージルは呆れたように、ため息をついた。殴りかかってこないということは、了解の証。
悪魔になるには、アンタの血はあたたかすぎる。だから、まだ間に合う。
「――泣いても知らんぞ」
「勘違いするなよ。泣かされるのは、アンタだぜ?」
恋する男の嫉妬深さを、カラダで教えてやるよ。
オレなしでは、生きられないほど。