背徳




 氷のような表情をはぎとって、その下にあるものをむき出しに
できるのなら――。
 抱くたびに、いつも思う。
「そうだよな。女のほうがいい。全くその通りさ」
 バージルの背中に回した腕に、きゅっと力を込める。
 しかし、腕の中の美貌は、冷たく冴えたまま。
 良いとも、悪いとも、いわない。
表情を消し去ったまなざしが、返ってくるだけだ。
「仕方ねぇのさ。どうしても-―」
 押さえてもあふれ出る感情を、自分一人では抱えきれない。
「止められない」
 いいながら、はだけたシャツの間に両手を忍び込ませた。
 深く口づけながら、肌をまさぐる。指を動かすたびに、なめらかな白磁が
あらわになった。視線だけでなく、舌までおびき寄せられる。
 キスの間にこぼれ出る息は、知らない間に、弾んでいた。
「-―くだらん」
 バージルは、一言でその興奮をあざけった。
「言ってろよ」
 拒絶されることには、とっくに慣れた。
苦笑まじりに、シャツと青いコートを肩から払いのける。
「こんなものは、下等の情だ」
「ハハッ。だが、オレにとっちゃ一大事さ」
 むきだしになった首筋に舌先を這わせ、筋肉の流れにそいながら
降りていく。
 バージルは、眉一つ動かさない。
「今夜こそ、アンタの本音を知りたいもんだね」
 氷のような表情をはぎとって、その下にあるものをむき出しに
できるのなら――。



***



 彼が何をほしがっているのか、わからないわけではない。
「こういうときには、もう少し色っぽいセリフをいうもんだぜ」
 真上にあるダンテの顔が、苦痛に似たなにかでゆがめられている。
 銀色の率直な髪から汗が滑り落ち、バージルの顔で弾けた。
「・・・おまえの悪趣味に、つきあってられるか」
 そう口にするだけでも、辛い。
 体内に穿たれた杭の、大きさと熱さ。
 吹きかけられる、切ない吐息。
「なあ、イイ? ・・・ココ、感じてるだろう?」
「ちっとも」
「うそつくなよ」
 突き上げるように、腰が動いた。
 口から小さな吐息がこぼれそうになるのを、バージルはすんでの
ところでかみ殺した。
「すげぇ、ぬかるんでる」
 ダンテの欲しいことばを、与えるわけにはいかない。
「・・・気のせいだ。はやくどけろ。時間の、むだだ」
 ダンテは、一瞬だけ拗ねた表情になりかけたが、すぐに、
いつもの彼に戻った。
 なにかをたくらむような、表情だ。
「おまえ、なにを-―・・・っ!」
 泡がこすれるような音と、ベッドの軋む音。
 二つが、追い抜きあいながら、重なり合う。
「なぁ。イイっていえよ」
 一番深いところをこすられる感覚に、とっさに指をかんだ。
「戯れ言をほざく前に、そのくだらんモノを抜け!」
「抜かせてくれないのは、アンタだ」
「なんだと!?」
「どうしてわからないんだよ。こんなになってんのに」
 内側を串刺しにしているものが、ぐいっと押し上げられる。
「-―ッ!」
 たしかに、深く、きつく、くわえ込んでいた。




「認めろよ」
「ふざけるな」
 ダンテは、知っているのだろうか。
 拒絶のことばを吐くたびに、気持ちが高ぶっていくのを。
 その高ぶりを、バージルが口に出せない理由を。
「おれを・・・み、るな」
 感じてはいけないのに、身体は、恥じらいもなく火照っていく。
 顔を、両手で覆った。
 しがみついていないせいで、全身の揺れが激しくなる。
自然と、深く受け入れる形になった。
 奥歯を、かみしめる。
「がまん・・・すんなって」
 かすれた声に、汗ばんだ胸をなでられると、身体の奥底が、
かっと燃え上がった。
 だが、それを悟らせてはいけない。
 絶対に。
 しかし、いけないと思うと、よけいに感じてしまう。
 腰が、みだらに悶える。
 中指をきつく噛みしめるが、間から、甘い声が抜けた。
 瞬間。
 目を閉じ銀髪を乱しながら、ダンテがなにかを叫んだ。
 ――堪えきれるわけがない。
 狂おしいほどの情と、あたたかさで、内側から満たされる。
「・・・ゥっ」
 小さなうめきが、ひとつ、こぼれた。
 反応するかのように、ダンテが身体をふるわせた。






***


 荒い息が、二つ。
「さいご・・・感じてただろう」
 返事は、返さなかった。返せるわけがない。
 本音を出すわけにはいかない。
 演技のままに、感じる心が本当に枯れていたのなら、どんなに
楽だろう。
 -―父の偉業を継ぐ義務。弟を守るという母との約束。
 その気持ちは、変わらない。これからも、守るつもりだ。
 だが、弟とこんな関係になってしまった今、果たして自分のしていることを
「正しい」と胸をはって言えるのだろうか?
 それだけではない――。
「バージル」
 ダンテは、返事がなくても気にしない。
 こちらの胸の内を悟っているのか、いないのか。
 もっとも、知っていたところで、何かが変わるわけでもなかった。
 彼は、上体を起こすと、そっと唇を重ねてきた。
 それを無表情のまま、受けとる。
 御しがたい熱情を悟らせないように。
-――拒むのは、「正しいか」「正しくないか」だけではない。
 いけないと知りながら、男に溺れていく自分を許せないから。
 抱かれるたびに堕ちていく、情欲の底の果てしなさに、弟を
道連れにしそうだから。
 くちづけは、背徳の味がした。






<あとがき>

ついに危険物UFOを書いてしまいましたーー(笑)
ぎゃー。やっちゃいました。めちゃめちゃ妄想入ってます。

「熱烈に愛されながらも、冷たさを持ち続ける兄」
(サブタイトルは、耐える兄(笑))を
書いてみたかったんですよ〜。

わはは。もうしませんから、許してください!!(遁走)


読んでくださって、ありがとうございました!

BACK