GREED







 テメンニグルの周りにいる悪魔をすべて狩って、事務所に戻ってきてから
どれくらい経ったのだろうか。
「・・・んッ」
 シャワーを浴びる間もなく、二階のベッドに放り込まれた。
 魔界をめざした理由など、説明する暇などない。
 引き裂くように服をはだけられ、押さえつけるかのように、のし掛かられた。
「ぁッ・・・・・・」
 一日経ったのか。二日経ったのか。それとも、もっと?
「もぅ。むり、だ・・・――んっ、ン、ふっ」
 半魔の身でなければ、とっくに抱き殺されていたにちがいない。
「二度と離れるな」とばかりに、ただ濃厚な愛撫だけが与えられ続けている。
「どうした。足りねぇの?」
「ば、か――。いいかげんに、やめ、ン・・・あ!」
「うるせぇよ」
 以前ならば、こんな風に抱かれたことなどなかった。
 どこぞの姫でも扱うかのような、こそばゆいほどの丁寧さだった。
 なのに、今は――。
「ッ・・・ぁ、はぁ、ア、ぁ−−ああっ! はッ、ハぁッ・・・あぁッ!」
 背筋が、大きくのけぞった。
 俺のなかで、熱く、硬いモノが、くいっと突き上げられると、身体が
面白いように反応してしまう。
 生命の営みの中で、これほど猥雑でいやらしいことはないだろう。
 それでも、この手をふりほどくことはできなかった。
 俺は、いかなる犠牲を払ってでも、魔界に行きたかった。
 力こそが、すべてだった。
 なのに――。
 沈没寸前の船のごとく、木の葉のように揺すられながら、目を開ける。
 口づけできそうな距離に、男の顔があった。汗に濡れて顔に張り付いた
髪の間から、よくととのった鼻梁が見える。
 その終着点にある引き締まった唇からは、快楽の混じった、泣き出しそうな吐息。
 弱々しい青が、必死にすがりついてくる。





***



 身につけているのは、アミュレットだけ。
 耳に届くのは、上がりきった呼吸、いやらしく湿った音。肌のこすれあう合う音。
何度、意識を飛ばされたのだろう。
「分かる?」
 そのたびに、耳元に唇を寄せられ、甘噛みとささやきで蘇生させられる。
「な、にが・・・」
 さんざん追い立てられ、鳴かされた今となっては、でてくるのはかすれた声だけ。
「なか、どうなってんのか」
 顔が、さっと朱色に染まった。
 ベッドの上で半身を起こしたダンテの膝の上に、抱きかかえられている。
向かい合う形で、灼熱をくわえこまされている。
「悪魔の適応力って、すげえ。自分でも、分かるだろ?」
 腰を掴まれ、軽く揺すられただけで、耳をふさぎたくなるような淫猥な音が
上がった。
「たまんねぇ。ぬるぬるしながら、締めあげてくる・・・――」
「嘘つけ、それはお前の・・・」
もう何度、注がれたのか分からない。
 よく壊れないものだと、感心するくらいだ。
「アンタが女だったら、よかったのに」
「冗談はよせ。何人、孕ませるつもりだ」
 キスをせまってくる唇から、顔を逸らす。
「一ダースだって欲しいくらいさ。そうすれば」
「・・・・・・っ」
 ダンテは背中に回した両腕に、ぐっと力を込めてきた。
 頑丈な鎖かなにかで縛り付けるかのような圧迫感に、詰まった息がこぼれた。
「永遠に縛りつけておける」





**


「だ、から、こんな真似を?」
 ダンテは何も答えずに、指を肌に滑らせてきた。
 つながった部分からしみ出る水滴を、指先ですくいとられる。
うめき声を上げると、ようやく実感できたとばかりに、表情のこわばりを
少しだけ緩める。
 偶然、アミュレットがぶつかり合い、乾いた音を立てた。
 元は、一つだったアミュレット。
それは、俺たちの運命そのものなのかもしれない。
どれだけ激しくぶつかり合っても、決して一つになれない。
激しい愛撫の中、ダンテの瞳に浮かんでいたのは、絶望の色だった。
 魔界を切望した俺と同じ、くらい青。
「・・・Vergil」
 耳元で、幾度ともなく囁かれる自分の名前は、救いをもとめる祈りのことばに
似ていた。
(――ああ)
 己の中に半分だけある、ヒトの部分がズキズキと痛む。
 これは、身も、心も、魂のすべてを分け合った、憎らしく、愛おしいわが半身。
 どうして自分は、この腕の中をふりほどいていけたのか。
 今、胸に去来するこの気持ちは、未練か、恋慕か、感傷か。
 なぜ、自分は「人であること」を受けいれられないのか。
それができたら、「幸福」になれるだろう。
 だが、悲しいまでに俺は――。
「魔界に未練がある」
 再び、勢いを取り戻してきた雄のたくましさに、眉をしかめながら呟いた。
「わかってる」
「いつかまた・・・お前を捨てて行くかもしれない」
「知ってる。こんな方法じゃ、アンタを縛っておけないことも」
 背中を、力任せに抱きしめられる。壊れそうな何かを、必死で
つなぎ止めるような必死さだった。
 それでも、とダンテは、星を掴むかのように、呟いた。
「アンタが今ここにいて、オレの腕の中にいる。それだけで十分だ」
「なぜ、だ?」
「オレだって、半分悪魔なんだぜ?」
 青い絶望の泥の中に、するどい光が揺らめく。
 すべてを屈服させる、傲慢なまでに自由なそれの名前は、狂気。
「まずは、カラダを支配すればいい」
「待て、っ――んッ!」
 何の前触れもなく、ベッドに押し倒され、つきあげられた。
 かつん。かつん、とアミュレットが衝突する。
「ァ、ぁッ、あァっ・・・だめ、だッ。も、う・・・――」
「絶対、やめねぇ」
いやというほど受け入れさせられた身体は、快楽が苦痛に取って代わっても
おかしくはないはずだ。
 なのに、どうしようもなく・・・。
「これ以上さ――れたら、アっ、ぁあァ、だめだ。
 ――ァあ、だめっ、ぁ、犯さ、れ・・・いやだっ、あぁ。ああ、ア!・・・あぁ!」
 男の身体に腕を回す力もなく、ただ、陸揚げされた魚のように腰が跳ねた。
 じん、と溶けていく。
俺のなかの一番ふかく暗い部分。それすら、溶かしてしまいそうなほどの、熱さ。
 悲鳴に近い喘ぎと脳髄まで痺れさせる快楽が――プライドも、矜持も、
すべてを、ゆるやかに昇華させていく。
 透明になっていく意識の中。
「もう二度と、アンタを離さない」
 ひめやかな囁きと、アミュレットのぶつかりあう音が、遠ざかっていった。
「どんな手を使ってでも」








<あとがき>

 
今回の話は、弟がぷっつんしちゃってますね(笑)

 双子の関係は、正常の軸からずれているものもアリだと思います。
「ヒト」のいうところの愛情も、彼らにとっては「束縛」だとか「欲望」のどろっどろに入り交じったものを
ひっくるめての「愛情」であってほしいですね。
そんなクレイジーな「愛情」をい書きたかったのですが、書けてないかもしれません(笑)
 
ちなみにタイトルは七つの大罪「強欲」からいただいてます。


読んでくださって、ありがとうございました!

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