Cry for the moon 「おろかだな、ダンテ」 顔を上げると、月の光に照らされた、自分とそっくりの顔があった。 「・・・バージルっ」 全身の力を総動員しても、絞ったような声がかろうじて出てきただけ だった。 深々と腹に突き立てられているのは、閻魔刀。 それでも、にらみ続ける。 「そんな目をしても、無駄だ」 「-―てっ」 腹につきささった刀が、肉の間から抜けていく。 がくん、と身体が揺れる。前のめりに倒れるところを、青い腕に 抱きかかえられた。 自然、脱力した頭を、男に預ける形になる。 「このときを待っていた。一年近くもな」 耳元にささやかれたのは、意外な言葉だった。 「なんだと?」 肩に回された腕に、力がこもる。 「また-―」 そっと耳元に吹き込まれたのは、夢でもみるような口調。 「お前を抱ける」 「気色悪ぃ。なに、寝ぼけてん-―っ」 乱暴に後ろ髪をつかまれ、上向けられる。 そのまま、顔が覆い被さってきた。 地面に伸びた二つの長い影。 逃げる影に、もう一方が躍りかかり、重なった。 激しく混ざり合う吐息を、衣擦れを-―。 巨大な月だけが、見守っていた。 *** バージルのキスは、マシンみたいだ。 こっちのどこが気持ちよくて、弱いのか。それを知りぬいたうえで、 的確に攻めてくる。 一年前のまま変わらない、いや、もっと-―。 「・・・相変わらず、感じやすいな」 「脚を絡みあわせて、こんなキスされたらだれでもこうなる」 すがりつきながらも、睨みつけると、バージルは瞳の奥だけで笑った。 「アンタのほうはキスがうまくなったじゃねえか。悪魔相手に 練習でもしたのかい?」 「どうだかな」 「ご要望とあれば、もっと試してやるぞ?」 「ざけ・・・-―ん」 そらせた頬を、親指とひとさし指で挟まれた。引き寄せられ――。 「てめっ」 -―有無をいわさない唇が、重なってきた。 「んっ・・・くッ・・・やめろ!」 力任せにつきとばす。 バージルは、顔色ひとつ変えなかった。 「しつけの足りない奴だ」 白皙の美貌に、一筋、赤が走った。 「そいつは、失礼。あんたのオモチャになるつもりはないんでね」 乱れた息の下で、ダンテは憎まれ口を叩いた。 「アンタだって、それが気にくわなかったからオレから逃げたんだろう?」 *** 「そうか」 ややあって、バージルは口を開いた。 そして、顔をゆがめるようにして、ため息をつく。 「・・・おまえには、理解できないのか」 ダンテは、我が目を疑った。 目の前のバージルの身体から、青白い炎が浮かび上がっていた。 気がついたときには、腹に鈍痛を感じた。数メートルは吹き飛ばされ、 尻餅をついた。 「SHIT!!」 腹に、鈍い痛み。閻魔刀の柄の部分で、強打されたらしい。 「ならば、身体に教えこむとしよう」 「てめえ!」 怒りのままに、顔を上げる。 はるかなる高みから落ちてきた声につられるように、振り仰ぐ。 見下ろしているのは、巨大な月。閻魔刀を下げたバージル。 冴え冴えと光を放つのは、月光か、刃か、それとも――。 「俺は欲しいものを、手に入れる。完全に、だ」 ついっと、切っ先を顔に突きつけられた。 「さあ、捧げろ」 冷たい表情の上に、ふいに、熱が流れる。 まるで、これまできつく戒めていたものを、ほどくように。 「その身も心も――。今度は魂さえも」 言葉とともに、鋭いなにかがダンテの心臓を貫いた。 「すべてを俺に寄こせ」 * *** 赤く染まっていく視界。 心臓の鼓動が、弱くなっていく。 (ヤバイな) 深くなっていく意識は、静謐な闇そのものだった。 気配を感じて振り返る。 全身を映し出すほどの大きな鏡には、不思議な顔をした己が映っている。 突然、鏡の中の自分が、手をさしのべてきた。 自分ではあって、自分ではない。だれかとよく似た冷酷な微笑。 (これは、触れてはならないモノだ) すべての生きとし生くるものの頂点に立つ、伝説の魔剣士の遺産。 すべてを超越した力。 しかし。 その影に隠れているのは-―。 「ソレ」を強烈に求めずにはいられない。抱きしめてやらなくては ならない。 あの夜、彼を欲したように。 みえないなにかに導かれるように、鏡に手を伸ばす。 瞬間。 魂の奥底が、暴発した。 空と月が、割れる。 それほど巨大な悪魔の産声が、月夜に禍々しく轟いた。 「-―おまえのなかの悪魔も、目覚めたか」 閻魔刀が、激しく火花を散らしていた。 バージルのくりだしたとっさの一撃を、ダンテは素手で受け止めていた。 *** ぎりぎりと、つばぜり合いをする。 「いい目つきだ。そそられる」 わずかに、ダンテのほうが有利だった。だが、バージルは わずかに頬をゆるませた。 これが、狙いだったとばかりに。 「悪趣味だな」 「なんとでも言え。弱いおまえを跪かせても、おもしろくも なんともないからな」 「ざけんなっ」 刃をつよく握りしめた拍子に、血が、飛び散る。 バージルは、鼻から口に抜けるように、あざ笑う。 「早く俺の位置まで上がってこい、ダンテ。そのとき俺は」 バージルは両手を広げると、月にむかって誓った。 「全力でおまえを屈服させよう」 「-―おいおい。オレは、まだ熱烈に愛されてるってわけ? 相手してほしいなら、遠慮ってもんを覚えな」 ダンテは、やれやれ、とばかりに肩をすくめる。 「激しい方が好きなくせに」 「アンタがそうさせるんだろう」 バージルは、小さく笑う。 刀を引くと、後ろ手で鞘に刀身を滑り込ませた。 「・・・まあ、いい。今日の『しつけ』はこれくらいにしておいてやる。 俺が教えたことを、覚えていたようだしな」 長い指が、唇に添えられる。 感触を想い出すかのように、指先でなぞった。 「あくまでペット扱いかよ。勘弁してほしいね。 言ったはずだ。俺はアンタのオモチャじゃない。どうしてもっていうなら――」 エボニー&アイボニーを指先で回転させ、バージルの額に 照準を合わせる。 「腰がたたなくなるほど、相手してくれよ?」 「それでいい」 高い塔の頂上。 巨大な月に照らしだされた、影。 光よりも強いまなざしが、激しくぶつかり合う。 「次も楽しめそうだ」 二匹の悪魔の頬には、薄い微笑。
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